続・お店の人に「お母さん」と呼び掛けられて驚いた話(キネクラネオの言語化の分析)

昨日に引き続き「お母さん」問題です。
本当は今日は生筋子の話を書こうとしてたのですが、Facebookの友達限定公開の「お母さん」ネタの元記事にたくさんリアクションとコメント頂きまして、みなさんそんなに関心があるのね!と思ったのと、「お母さん」問題の分析がもう少しきちんと出来るのではと思ったので続きを書くことにしました。

誰かが他人にどう呼ばれるかは、誰かと自分の関係性によって決まります。
で、関係性にはその人の性質によるものと、その場限りのものがあります。
そして性質はキネクラネオで言う内側と外側、一般的に言うと主観と客観的なものがあるのです。

お客さんと店の人というのはその場限りの関係性ですね。常連さんでなければ、買い物してないときに電車で会ったら乗客と乗客です。

その人の性質によるものは、性別とか年齢とか家族の有無とか社会的立場とかです。
で、ここには内側(主観)と外側(客観)があります。
お母さんに見えるのは外側。お母さんであるのは内側。
自分が女性だと思ってる人(内側)が肉体は男性(外側)ということもありますね。
この、性質の内側と外側がずれていると落ち着かない事が多いという話です。落ち着かないだけでなく場合によっては失礼に感じたり、怒ったり、尊厳を傷付けられた気持ちになったりします。

この場合の解決策は、「その場限りの関係性」もしくは「内側の性質で外側とのずれの少ないもの」を呼称にすることです。
前者は「お客さん」「お客様」、後者は「○○様」です(場合によっては「お嬢さん」「おねえさん」も)。

この辺には「気にしない人は気にしないよ」「細かいことを言うな」という声も有るでしょうが、言葉というのは出来ればズレが少ない方が通じやすいので、中年以降の女性全てに「お母さん」と呼びかけるのは止めた方が良いでしょう。
その人がお母さんでなければ振り向いて貰えない可能性があるので、呼んだ意味がなくなりますよ。

こんな分析にも使える(かもしれない)キネステティク・クラシック ネオ。
言語化は、なんでも言葉にすればいい訳ではありません。
言葉と現象、言ってることとやってることを一致させる学習を、キネクラネオでは自分の身体の動きを通して習慣化できます。
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