今できることを丁寧に、その人が「在る」ことをまず援助する

先日、日常の動作に関して言えば、医療従事者さんのケアがベストであるとは限らないという投稿をしました。
その内容は、実はFacebookのコメント欄に書いた内容だぅたのですが、本文の方も貼っておきます。個人できる事情を書いているので、読んで鬱陶しく思えたらすみません。

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すごい大きなお世話だと分かっていても、時々言いたくなることがある。
大事なご家族の最期(に、近い時)のケアなんだから、キネステ(の、概念を使ったケア)を取り入れましょうよ、と。
手を握る、さする、話しかける、マッサージする、音楽、好きな香りを漂わせる、そりゃー、私も全部やったさ。
でも、一番役に立ったのは、おそらく(本当は絶対って言いたいけど言わない、本人に聞くことなんかできなかったから)、キネステの概念を使って楽な姿勢をとることを手伝い続けたことだ。
呼吸が苦しくなると、今は楽でも、少しすると体勢を変えたくなる。
もっと苦しくなると、今度は姿勢を変えることはできなくなる。
そのとき、少しでも呼吸に負担のないような姿勢とはどういうことか知っていたこと、その姿勢をとってもらうための手伝いとはどういうことか知っていたことは、最期の時に向かう人にできた最大の支援だったと思っている。
亡くなったあとにキネステを知ることにならなくて、本当に良かったと思う。おかげで後悔が少なくて済んだ。私には、そのくらい役に立ったので、どうしても思ってしまうんだな。
一人でも多くの人が、無駄な緊張はなるべく少なく、天に召される世の中になりますように!!
自分が亡くなるときは、ちゃんと身体の重さが緊張なく寝床に落ちていてくれれば、他のことは全部後回しでもいいよ。なんなら寝てるのは地面でもいいわ、キネステ的に楽だったらね!

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なんか、啖呵切って終わっていますが…
たいてい、何かしてあげたいのは、する側の都合です。
キネステティク・クラシックは、介助の主役は、介助を受ける側だと考えます。
その考え方を応用すると、何かの援助をする状況があるとき、援助する側が主役とはなりません。援助が必要な側が、援助の主役です。
してあげたいことをするのは、援助する側が主役ということです。援助を受ける側がしてほしいことをするのが、援助を受ける側が主役ということです。
キネステティク・クラシックの中では、最後の方に、「何かをするのに向いている状態とは何か」ということを学習します。そして、何かをするのに向いていない状態で何かをするということが、介助される側にとって、とても負担になるということを経験します。
何かをする前に、まず、何かをするのに向いている状態を作るのが、最初にやるべきこと。
文中でいろんな施術をするのはそのあとです、と書いていますが、本当にその通りで、どんなに心のこもった素晴らしい技術の施術であっても、受ける側が受けて心地よい状態になつていなければ、非常にもったいないのです。
施術やセラピーをやる方も、ぜひ、キネステティク・クラシックを知ってほしい。
やることを付け加える援助でなく、その人そのままで在ることを、まず援助するということかどんなことなのか、特に高齢の方と接する人には、知っておいて欲しいなと思います。


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