トラブルによって本当に出来なくなっている事と、そうでないことを分けて考える(キネステティク・クラシック ネオ)

本日はキネステティククラシックネオのパーソナルレベル初日でした。
午前中は選挙割体験会でもあったのですが、残念ながらそちらの参加者さんはゼロ。じっくりパーソナルレベルの初日に取り組みました。

キネクラネオのパーソナルの最初のところに、「セルフケアの意味するところ、介助の意味するところ」という内容があります。ここでは参加者さんの体験などもお聞きしながら、世の中ではこうですがキネクラネオではこうですよ、という話をしたりします。
今日は、話の流れで、タイトルのことをお伝えしました。

動きで困っている人には、何らかのトラブルが原因の場合があります。
最初はトラブルによる困りごとだけですが、そこに徐々に「本来困らなくても良かったかもしれないもの」が付いて来ることがあります。
車椅子上で自分で浅座りや深座りができない=その能力が無いと思われている人、という例を挙げました。
以前は自分で車椅子上で前後に動けたけど、加齢と共に動けなくなった人がいるとします。使っている車椅子には、褥瘡予防のためにやわらかいクッションがセットされています。ここで、「年だから仕方ないね」とか「体重も増えたし、筋力不足なんだね」となると「一人で動けない人」が出来上がります。でも、この車椅子でなければ、もしかしたら動けるのかもしれません。クッションの固さを変える、肘掛の高さがあっているか・ぐらつきは無いか、幅や長さがあっているか、フットレストに足が乗っているのか床においてあるのか、フットレストに乗っているとするとどんなフットレストか……そして、そういうことを見直しても、やっぱりその動作は出来なくなっているのか。
座面の固さ柔らかさで座った姿勢での動きやすさが変わるのは、椅子で体験できるので、可能な方はぜひやってみてください。

上は一例ですが、現在広く行われているの患者さんの動きの評価には、「環境」という要素は含まれていない場合が多いです。「この環境だとこういう評価になるけれど、果たしてその環境はこの患者さんが動くために最適な環境なのか」という視点を持って動きの改善に取り組むということは、世の中で広く行われている仕事のやり方ではありません(環境で動きやすさが変わるという教育は、あまり行われていない)。動きにくい環境で過ごしているうちに持っていた能力が損なわれる、という事は、実は、とてもよく目にすることなのです。
できないことはできない、それが動かせない事実だとしても、できない環境におかれているからできなくなっているのなら、それは変えることが出来る可能性があります。

目を患っている友人で、複数路線を使えるので行きと帰りで通勤経路を変えて一人で通勤している人がいます。行きと帰りの階段とエスカレーターの状況が違うのと、暗いと見え辛くなる症状なので、暗くなる帰りの経路は自宅まで帰るのに大通りを渡らなくて良いように路線を変えているのです。
もし友人が行きも帰りも同じ経路を使えと言われたら、「一人で通勤できない人」になるのかもしれません。

キネステティク・クラシック ネオを学ぶと、「歩けないと思っていた利用者さんは歩ける人でした」「ベッド上で起き上がるのに二人介助が必要だと思ってた患者さんが、私一人の介助で起きられました」というような事が起こることがあります。これは、介助者の能力も含めた「環境」の欠如が、出来ない人を作り出していたということになります。
治らないものは治らなくとも、出来ることが増えることは有り得ます。
出来る能力を奪わないためにも、出来ない人を作ってしまってお互いに無駄な苦しみを味わわないためにも、キネクラネオを試してください。

直近のパーソナルレベルは7/27、28、8/3と、8/10、11、12です。

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