それは、言語化ではありません。(キネステティク・クラシック ネオ)

私が言語化について気にしているせいか、最近「言語化」という言葉の使われ方が気になります。
気になりすぎて、いつの間にか「それは本当に言語化なのかどうか」をチェックしている事が有ります。

時々、言語化を誤解して使っている人を見かけますが、言語化は文字通り、「言語にすること」です。
噛み砕いて分かりやすくする事だけであれば、言語化では有りません。

例えば、言語化します、といっておきながら、「この辺に○○という物が有るらしいんだよ」と言っている人は、言語化出来ていません。言われた人が言われた事をもやっと受け取っていたら、それはまだ言語化出来ていないということです。

そして、言葉ではない事象が相手に言葉で伝わらなければ、言語化では有りません。
つまり、相手に伝わる言葉を用いて、相手に伝えたい事を述べる事が出来ないといけない訳です。
「私はこの言葉をこういう意味で使っている。私の言葉が正しい。お前が私の言葉を理解しろ」というのは、言語化ではないということです。専門用語でしか解説できない専門職などは、これに当たるかと思います。

キネステティク・クラシック ネオの根底にあるのは、「動きの言語化」です。
動きという三次元で行われている活動を、言語に落とし込むということです。
言語で表すことが出来れば、伝えやすくなり、考えたり検討したり見直したりという、思考のまな板に乗せやすくなります。
そして、動きの言語化を行うことで得られるのは、動きの改善だけでは有りません。
言語化そのものも練習によって洗練されて行くので、動き以外の言語化も上手になり、志向が整理され、伝えることが上手になります。

言語化は、言語化する材料が無いと練習出来ません。
自分の日常の動きを材料にできるキネステティク・クラシック ネオは、なんとなくもやっとした形のないもの、例えば「気持ち」などを言語化しようとするよりも、はるかに分かりやすく、実践しやすく、役に立ちます。

思考のゴミと必要な物をすっきり分けて暮らすためにも、キネクラネオを学びませんか。

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2 Comments

  1. おおお,素晴らしい!!!
    そのとおりだと思います.
    ううーん.
    「相手に伝わる言葉を用いて、相手に伝えたい事を述べる事が出来ないといけない」ことを
    わたしもまねしなくっちゃ.
    最近,素人(看護学生など)に伝えるに怠慢になっている自分を反省しました.

  2. さあさん、コメントありがとうございます。
    これは、別の分野の先生が違う言い方でおっしゃったりしていたのです。「百人生徒が居たら、百通りの教え方が出来なくてはいけない」と、その先生も、先生に言われたそうです。
    意味のない言葉が体験に付いていても言語化としては意味がないのであれば、私にとって意味が有っても、聞き手にとって???という言葉なら、言語化の意味がないのだなー、といろいろやってて思ったりする今日この頃です……。

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