利用者さんを楽に動かせる方法があるのに使っちゃダメなんですか?という言葉に潜む身勝手さ

はい、広島から帰って参りました。
といっても写真(※食べ物中心)ばっかりとってブログをアップしていないので、なんのことやらですね。おいおい書きます。
その前に、時々聞かれる話。

「キネステって、持ち上げないって言いますけど、利用者さんを楽に動かせる方法があるんですよ。それは、使っちゃダメなんですか?」

ダメとはいいません。
人には都合というものがありますもんね。
でも、何にせよ、自分のしていることを知って、使うことが大事なんじゃないでしょうか。

「利用者さんを楽に動かせる方法があるんです」

これ、持ち上げることのデメリットが、介助者にしかないと思ってる言葉だって、わかりますか?
持ち上げると私がしんどい、私が楽な方法なら、使ってもいい。
・・・ってことですもんね。
持ち上げられている人がどう感じて、何が起こっているのかという視点が、ここには欠けています。
やってあげる側だけの理論。そういう意味で、とても身勝手な発言です。
それを分かっていても、やむを得ず持ちあげを選択しないといけない状況もある、ということは、あるでしょう。
なので、ダメではありません。
ダメではないけど、気軽に選択肢の一つに加えてほしくはありません。
もし、「らくに介助ができる」と言っていて、持ち上げることを持ち上げないことと同列の選択肢に並べているキネステティク関係者(クラシックでなくても、というかクラシックではない人ばかりでしょうけど)が居たら、私はその人がキネステティクを理解している人だとは思いません。
何か誤解しているか、曲解しているんだと思います。
もし、意図的にやっているんだとしたら、あらあら、ナントカに刃物ですか?と思います。
道具は使い手によってどんなものにも成り得るものです。
使い手としても、自分を磨きたいものですね。

 

 

 

 


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