介護アロマ等について思うこと、ふたつ

最初にお断りを。
ケンカ売ってませんと書いてから記事を書くことがありますが、今回はケンカ売ってると思われても構いません
大事なことなので、太字にしてみました。もう一度、ケンカ売ってると思われても構いません。

介護アロマブームですね。
なんでブームかというと、ちょっと前に「認知症にはこのアロマが効く」と医学界での研究が発表されたからです。その前からアロマ関係者は認知症の方にアロマを勧めたりしてましたが、周りの方に「認知症の患者は嗅覚が衰えてるから匂いなんて効くわけがないでしょう(笑)」とあしらわれてきたりしておりましたのですね(実話)。証明されて活動がしやすくなったのは、いいことです。でも、だからって新しい可能性(っていうかぶっちゃけ市場?)が見つかった!と介護現場にわざわざアロマを取り入れましょうと提案し始めるというのには、私は二点ほど疑問があります。

ひとつめは、外からやってきてアロマアロマ言うのは、自分のことしか考えてないんじゃないですか、ってことです。
私は、介護現場にどっぷり携わっているわけではありません。やってきて施術して去っていく、通り過ぎる人です。通り過ぎる立場で言うのもなんですが、介護現場に新しくなんか入れる余裕とか、人員的にも金銭的にも、あんまり無いことが多いんじゃないかと思います。既に現場で働いている人が使ってみようかなと思うのはいいけど、ここに売り込もう的にセミナーとか始められるのって、どうなんだろう。
まあ、その辺は結局いろんな思惑がからんでややこしくなるので、別にどうでもいいんです(いいのか)。ほんとに言いたいのは、以下の、もうひとつの方なんで。

ふたつめ(そしてこっちが本題)。
介護されている人に、アロマや施術をすることだけが手当てだというのは、なんか違うと思います。
意味分かりますかね。
普段は適当に接しているのに、アロマや何らかの施術、何か特別なことをする時間を作ったからといってその方の生活の質が上がったって言うのは、違うんじゃないか?ということです。
たとえばですね、誰かにアロマのハンドマッサージをするとします。その前にその人をベッドから起こして車椅子に移ってもらったとします。マッサージ以前に、起きて移るのが力ずくで無理矢理だったら、どうでしょう。
生活の一部のイベントがことさらクローズアップされて大事にされるよりも、普通の日常を過ごす動作の一つ一つが不快じゃないことの方が大事です。実際にそういうことが何度もありました。
何回も言ったし書いたので耳タコかもしれませんが、一例を挙げると、拘縮のひどい方のところに、複数の人が伺っていました。ご家族が、私が行くときは動く(柔らかくなる)けど他の人のときは動かない(固いまま)とおっしゃって、それを聞いた他の職種の方が私の訪問時に何をしてるのか見に来たことがありました。見て、帰るときに一言、
「別に、特別なことは何もしていないんですね」
はい、特別なことは何もしていません。それは今でもそうです。
特別なことは何もしなくても、特別じゃない普通のことが特別なことになる可能性を知ることができるのが、キネステティク・クラシックの学びです。

施術として特別に誰かに触れることには価値がありますし、素晴らしいことだと思います。でも、特別に触れる時間を取る前に、日常のケアそのものやケアをする側の在り方を見直すことで、相手の方と過ごす時間の全てを、相手の方の生活の質を上げるものとして使うことができます。
でも、特別なことじゃなくて、普通のことを丁寧にやる体験を学びに行くのには、わざわざお金と時間を使いにくいですよね。今困ってないし(っていうか、今困ってることに気付いてないし)。
だから、介護アロマは流行るけど、キネステは流行らないんだと思います。
キネステが流行る日が来るんでしょうか。自分が介護を受けるようになる前には、流行ってくれたらいいなと思います。ボランティアのやさしいアロママッサージを受けた後に、物のように扱われたくありませんから。

以上、連休なので、思い切ってケンカ売ってそうにみえることを書いてみました。反論できる方はしてみてください、お待ちしてます。
あ、ちなみに、一応私、公益社団法人日本アロマ環境協会認定のアロマセラピスト&アロマテラピーインストラクターです(笑)


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