「やさしい介助」は誰のもの?(うまく動けたときには介助者はいなくなるのかも)

昨日の「楽」の話の、おまけです。
介護サービスでは、よく、利用者さんに「やさしいケア」「安心なケア」を提供します、といった理念を掲げていますが、実際に介助をするときは、昨日の「楽」みたいに、それが誰にとって「やさしい」「安心」なのか、考えたほうがいいかもしれませんねー。ちなみに上記は「介護 ケア 提供します」的な検索で出てきた、複数のサービス提供企業の理念の中から多かったものを並べたもので、特定の企業・団体の理念について取り上げたものではありません。

で、ここまでは前振りで、ここからが本当におまけなんですが、介助を受ける人は、動きを手伝ってもらったとき「楽に動けたわー」とか、「安心してお任せできたわ」とかは言うことがあるかもしれませんが(あんまり無いけど←よくあるのは最後に書きます)、「やさしく手伝ってもらったわ」と言うことは、ほとんど無いです。
「私が楽だった」
「私が安心した」
とは言いますが、やさしいを使うとすると、
「私はあなたをやさしいと思った」「あなたはやさしいわね」
となります。「やさしい」は、あなたに対する私の評価であって、「私」の状態についての言葉じゃないんですね。
すごく些細なことに見えますが、言葉ってけっこう大事です。
「やさしい」は独りよがりになりがちな危険を含んでいる形容詞だということは、気に留めておいたほうがいいかもしれません。

ついでに、よくあるのは、「あら、できちゃったわー」とか「今日は調子が良いみたい」とか、無言(!)とかです。
自然に動ける介助が提供されたときって、介助者は介助を受けた人の意識からは一瞬いなくなるのかもしれないなーと思います。

 

今日は早稲田で健康体操にお邪魔するので、今週は家で骨氏と練習;


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